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川崎市が人口153万の高密度都市になった理由|工業都市から住宅都市への転換

川崎駅前の街並み
国勢調査 川崎市人口・増減率
国勢調査 川崎市人口推移データ
人口(人)
人口ピラミッド
年齢5歳階級別男女別人口(2020年)

川崎市の人口は2020年の国勢調査で約153万8千人に達しました。面積は約144㎢と政令市の中でも最小級でありながら人口密度は約10,000人/km²を超えます。1920年にわずか2万1千人だった人口が100年で70倍以上に増加した背景には工業都市から住宅都市への大きな転換がありました。


目次

川崎市の人口推移(1920〜2020年)

1920年の大正9年、川崎市の人口は約2万1千人でした。その後、工場誘致と京浜工業地帯の発展を背景に1935年までに約19万人へと急増。さらに1940年には約30万人に達しました。

特異なのは戦後直後の人口動向です。戦時中の疎開や引き揚げの影響により一時的に人口は減少し1940年の約30万人から戦後直後には25万人台まで落ち込みました。戦後直後に人口が一時的に減少した都市は他にもありますが、川崎市の場合は工業都市としての労働人口の変動が色濃く表れた点が特徴的です。戦後は急速に回復し2020年まで増加を続けています。


戦前の爆発的成長と京浜工業地帯

川崎市の急成長を支えたのは京浜工業地帯の発展です。1925〜1935年の10年間で人口は約5万5千人から約19万2千人へと実に3.5倍に増加しました。全国から工場労働者が集まり臨海部を中心に市街地が急拡大していきました。

この時期の成長率は政令市の中でも突出しており、1920年から1925年にかけて人口は約2.6倍(約160%増)と急増しました。重化学工業の集積地として戦前の川崎は日本の近代化を支える中核都市でした。


高度経済成長期以降、住宅都市へと変貌

戦後の高度経済成長期を経て川崎市は工業都市から住宅都市へと大きく変貌していきます。東京と横浜の中間に位置する地理的優位性を活かし、1960〜1970年代にかけてベッドタウンとしての機能が強化されました。

1972年に政令指定都市へ移行した後も人口増加は続き、2005〜2010年の増加率は7.42%と首都圏の政令市の中でも高水準を維持。武蔵小杉を中心としたタワーマンション開発が2010年代の人口増加を牽引しました。


144㎢に153万人、政令市トップクラスの人口密度

川崎市の最大の特徴は面積の小ささと人口密度の高さです。面積144㎢は政令市の中で最小クラスでありながら、2020年時点の人口密度は約10,657人/km²と政令市トップクラスの水準です。

川崎市と人口規模が同程度の政令市と比較するとその特異性がよりはっきりとわかります。

都市面積人口(2020年)人口密度
川崎市144㎢約153万人約10,657人/km²
福岡市343㎢約156万人約4,551人/km²
神戸市557㎢約152万人約2,728人/km²
京都市828㎢約146万人約1,764人/km²
さいたま市217㎢約132万人約6,084人/km²
広島市906㎢約119万人約1,314人/km²

出典:政府統計の総合窓口(e-Stat)「令和2年国勢調査」

例えば、さいたま市の人口密度は川崎市の約6割程度にとどまり、神戸市は人口規模が近いものの面積は約4倍に達します。さらに京都市や広島市は面積が5倍以上あるにもかかわらず人口は川崎市を下回っており、その高密度ぶりが際立っています。

面積をほとんど変えないまま人口密度を高め続けるという川崎市独自の成長パターンは、日本の政令市の中でも際立っています。


まとめ:工業都市から高密度住宅都市へ100年の変貌

わずか144㎢の市域に153万人が暮らす川崎市。京浜工業地帯の発展から始まった人口増加は、今や東京圏の高密度住宅都市として継続しています。政令市の中でも独特な成長パターンを示す川崎市の推移は、日本の都市化の縮図とも言えます。他の政令指定都市の人口推移と比較すると川崎市の特異性がよりはっきりと見えてきます。ぜひ関連記事もあわせてご覧ください。

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この記事を書いた人

日本の人口統計・地域データを独自にリサーチしています。国勢調査データをもとに、全国の市区町村の人口推移をわかりやすく伝えることを目指しています。

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